第4回勉強会

エホバの証人を1発で論破する方法・元エホバの証人の方々の精神的不調の原因の考察 #4

2018年9月14日。今回も無事、第4回勉強会を開催することができました。

今回の勉強会には総勢7名の方が参加して下さいました。嬉しい限りですね。^^

この記事では勉強会の内容を簡潔にまとめておこうと思います。

卒業後の就職を上手に使ってフェードアウトを狙うRenくん

Google検索からこの事務所を見つけてくれて、そのまま勉強会に参加してくれた高校3年生のイケメンRenくん。

ご家族はみんなエホバの証人とのことですが、組織とは上手に距離を取りつつ自分の目標に向かって着々と計画を進めておられるようです。素晴らしいですね。

幼い頃からしっかりと聖書を勉強しておられるようで、聖書と組織の矛盾や会衆内でのおかしな点などに疑問を持っているとのこと。やっぱりそうなりますよね。笑

ただ、ご家族との良い関係を壊さないようにと、高校卒業後の就職を利用してエホバの証人とは上手に距離を取ろうと計画しておられるようです。とても賢いと思います。

とても面白かった点ですが、Renくんは「エホバの証人 論破」で検索をかけてこの事務所にたどり着いたそうです笑

せっかくの良い機会ですので、エホバの証人を論破することは果たして可能かどうかについて少し考えてみようと思います。

エホバの証人を論破する

「論破」という言葉をもっと分かりやすい言葉に置き換えると「論理で追い詰めて黙らせる」みたいになると思います。

コニュニケーションの詰将棋みたいなイメージでしょうか。追い詰められた相手は動けなくなって、何も言えなくなってしまう感じでしょうね。

「論破」の最終目的はつまるところ「相手を黙らせること」だと思いますので、論破には大きく分けて2つのアプローチがあると思います。

  1. 論理的に相手を黙らせる
  2. 状況的に相手を黙らせる

一般的に「論破」というと1番の意味で使われることが多いと思います。とにかく、うるさい相手を論理で黙らせるのがその目的です。

さてさて、エホバの証人たちを1発で黙らせるような論理はあるのでしょうか。

暗記しましたブログでも書きましたが、エホバの証人たちの思考回路はとても柔軟で自分たちの都合がよいようにいくらでも形を変化させることができます。

「あー言えばこー言う」の堂々巡りになる可能性が高いでしょうね。イメージとしては、マス目がどこまでも広がっている将棋盤でしょうか。

こちらがいくら「詰めよう」と王手をかけても、彼らの将棋盤は無限に広がっていますので、いくらでも好きな方向に逃げることができてしまうのです。

「その部分はまだ新しい光が当たっていないから・・」とか「統治体たちも完全じゃないから・・」と言った具合です。

そんな彼らを論破するためには、聖書的に決定的なコアの部分を攻める必要があると思います。中途半端に攻めるといくらでも「言い訳」が出てくるでしょうから。

そんな中でも、私が特にオススメな論破の方法があるにはあります。「1発で論破する」というよりは、聖書的に専門的な議論に引き込んで相手を(面倒臭いと思わせて)黙らせる感じになります笑

オススメの方法とは以下です。

『少なくとも6つの聖句でイエス・キリストは空から降りてきて裁判をすると書いてありますが、統治体がそれを教えていないのはなぜですか?』

具体的にどの聖句に書いてあるかは私の個人ブログをご覧いただければと思います。

基本的に多くのエホバの証人たちはそもそも聖書のことをよく分かっていませんので、上記のように尋ねられても反論するだけの材料や知識を持っていないでしょうね。

さらに、彼らは自分の頭で考えることに慣れていません。「考えることは統治体たちの仕事。自分たちは従うだけ」これがエホバの証人の組織内に流れている暗黙のルールです。

なので、複雑な議論に引き込むような質問をあえて投げかけると彼らは基本的に大人しくなると思います。ぜひお試し下さい。

元エホバの証人が精神的に不調になりやすい件

今回の勉強会で特に印象的だったのは、排斥や断絶になったり、何らかの理由で組織から離れた元エホバの証人の方々が精神的に不調になりやすいという点でした。

やはり、エホバの証人の組織内で形成された「理想的な自己イメージ」があり、その理想的な自己イメージを満たせなくなる(あるいは傷つく)と精神的に不調になってしまうようです。

エホバの証人の組織が教える「理想的な自己イメージ」が本当に正しい聖書的なものであれば問題はないのでしょうが、基本的に彼らが成員たちに刷り込む「理想的な自己イメージ」は歪曲しています。

例えば、組織は以下のようなことを「素晴らしい人間の条件」として成員にすり込みます。

  • 組織に従順であり熱心であること
  • 特権を捉えて、特権を増し加えていくこと
  • 長老たちや監督たちから認められること
  • 親切や温和を愛すること
  • 聖書を毎日読むこと

お気付きの通り、組織は「理想的なクリスチャン像」の中に上記3つに代表される人間の教理を異物として上手に混入してきます。

このような仕組みがあるので、例えば排斥や断絶になった方々はもろに自己イメージにダメージを受ける結果になるのだと思います。

組織によって幼い頃から形成された理想とする自己イメージがあり、その自己イメージが排斥や断絶によって満たせなくなる(傷つけられる)。

これが、多くの元エホバの証人の方々が精神的に不調になりがちな理由なのではと思います。

元エホバの証人の方々が傷つかないためのアプローチ

様々なケースがあるでしょうから一括りにして言うことはできないと思いますが、排斥されたり断絶されたりして傷ついてしまう方はやはり、聖書そして組織に関して消化不良を起こしているのではと思います。

つまり、聖書の言っていることと組織の言っていることが頭の中で重なってしまっていて混乱しているのではないでしょうか。

聖書的に言えば、エホバの証人の組織から適切な距離を開けることは「非常にめでたいこと」であり喜ばしいことのはずです。

なぜなら、エホバの証人の組織から抜け出した方々は自分の頭で考えることを始める(自分の足で歩き始める)からです。

自分の頭で考えることは自立した人間として当然の資質であり、クリスチャンにも求められている基本的な資質です。キリスト教とはそもそも集団の宗教ではなく個人の宗教だからです。

この論点から言えば、排斥や断絶によって組織から離れた方々の方が聖書的に言ってよほど救いに近い人たちであり、神からもよっぽど期待されているのではないかと思います。

自分が置かれた喜ばしい現状を正しく認識すること、そして何よりもそれが聖書的に非常に喜ばしいことであることを認識すること。

これらが排斥や断絶によって精神的に不調になった方々の傷を和らげるアプローチであり、聖書的に言っても正しい考え方になるのではと思います。