エホバの証人2世に生まれて

名前:犬神和紀(男性)
年齢:30代
エリア:関西・大阪府
現役期間:25年間
現役時代の状態立場:研究生
消滅タイプ:突然消滅
執筆:2019/01/01

体中に突き刺さる無数の針 屈辱の――
内臓を切り刻み 地獄の風 吹き荒れる
古傷は痛み出し 首は爛れ 眼は腐る
瓦礫のなか逃げまどう 犬の遠吠えは
賽の河原の子守歌……
月のない夜に 道化師が踊る

犬神サアカス團『鬱病の道化師』より

はじめまして、犬神和紀と申します。1981年生まれの男性です。

母がエホバの証人(以下JW)の訪問を受けたのは、私が生まれたのと同時期でした。

母は、「あと数年もしないうちにハルマゲドンが来る!」と信じました。母にとって、宗教活動をする最大の動機付けは「自分がガンバらなければ、夫や、子どもが、滅ぼされてしまう」ということでした。

私がものごころついた時から、家庭には、凶悪なテロリストに「おまえの家に爆発物を仕掛けてある。逃げようとしたり、命令に従わなかったら、すぐ爆破してやるぞ」と脅されているかのような緊張感が、デフォルトでした。

また、父が、共感能力の欠落した暴力的なナルシストであったということも、家庭の雰囲気作りに大きく影響していたと思います。

地獄篇 ~ 死を待ちわびた日々

私は小学生の時、不登校~ひきこもりになり、JWの集会に行く以外、外界と接点を失いました。

テレビもほとんど観なかった(観てはいけなかった)ので、JWの世界の外を、まるで知りませんでした。

私にとって、世界ははじめから死んだ方がマシでしたし、事実、ちかぢかハルマゲドンで滅ぼされる予定でした。

  • エホバを愛していない
  • 信者たちを愛していない
  • 奉仕活動をおこなっていない
  • 自慰がやめられない

 ……という理由からです。

ただ、私には、エホバが万物の創造者なら、エホバに処刑を行なう権利があるので、自殺はしないで、ハルマゲドンを待たなければならないという考えがありました。

毎日が、死刑囚の気分でした。

自分が死ぬ日は、きょうか、きょうかと思いながら、時間だけがゆっくり過ぎていきました。

エホバ神に、「ぼくを早く死なせてください」と祈ることは、毎日の日課でした。

12才くらいから、自分で自分に、身体的な痛みを与えると、少しきぶんがラクになる、ということを覚えました。

自傷の習慣は、38才、現在でもつづいており、全身、傷あとだらけです。

煉獄篇 ~ 無明に鎖された日々

私の唯一の楽しみは、図書館に通うことだったので、ちょっとずつ、ものの考え方が分かってきました。

基礎的なところでは、デカルトの『方法序説』がおおいに参考になりました。

(デカルトの思想は、とってつけたかのように神が登場してからは、なんか意味不明になるのですが、それまでの部分は、非常にアタリマエのことが述べられていて、「常識」を学ぶ機会さえなかった自分には、たいへん啓発的だったのです)

デカルトに感じた不満点は、実存主義に答えがありそうな気がしていました。

「人生でいちばん影響を受けた本を挙げなさい」と言われたら、アルベール・カミュの『シジフォスの神話』です。

一般の識者たちの名著は、平明で、清潔感があり、心が洗われるようでした。時に、新たな問題、新たな苦悩を突きつけられても、それすら甘く感じられました。

それにたいして、JWのテキストは、いつでも、まわりくどく、インチキの匂いがして、論理破たんや矛盾、また文法のまちがいが目についてしかたありませんでした。

それでも、「JW組織はインチキである」という、単純な答えにたどりつくことができなかったのは「悪魔は、人間の思考を操ることができる。人間の理性は、信頼できない(ただし、エホバによりたのむ者はこの邪悪な力から守られ、真理が理解できる)」という論法が、巨大な壁として立ちふさがっていたからです。

自分の直観にしたがい、すなおに、自分が正しいと思う道を選べば、大きくショートカットできていたのですけどね。

愚かしいことには、いわゆる「悪魔の不在証明」ができなくて、そこで、延々と足踏みをしていたのです。

あ、ちなみに、組織内での人間関係は、相当控えめな言い方をしても、私の周囲にはろくでなししかいませんでした。

口の悪い人、素行に問題のある人、表と裏の顔を使い分ける人、好んで愚鈍でありたい人……奇人・変人の見本市でした。

こういう人々が、生き残り、一般的な、ちゃんとした人々が滅ぼされるというのは、ほんとうに理解しがたいことでした。

しかしそんなふうに見えるのも、私の思考および見方が、超自然的に悪魔から干渉されているせいかも知れないのです。

少なくとも、そうではないという「証明」はできない。

デカルトは、「善なる神が、私を悪魔にダマされた状態のまま放置するはずがない」というような論法で悪魔の影響を否定するのですが、自分にはこれは当てはまらない。

私がエホバを死ぬほど嫌いである以上、エホバも私を嫌っていると考えるのが自然だからです。

世界は、エホバが人間を弄ぶための箱庭で、自分はいじめられっ子としてここに生まれた。そんなイメージでした。

天国篇 ~ 薔薇色に汚れた日々

転機がおとずれたのは25才の時です。

交通事故に遭ったのをきっかけに、輸血についてしらべる流れで、JW批判の情報と出会い、めちゃくちゃあっさりと、JWの教えは完膚なきまでに否定されました。

心のどこかでは、予期していたのかも知れません。「ああ、やっぱりかー」とか思って、もうハルマゲドンを待つ必要もなし、人生になにもなかったので首を吊ることにしました。

ただ、先に、母と妹は説得して脱会させました。

そして、その後も、幸か不幸かなんやかんやでだらだらと、生きさらばえてしまいました。

35才の時、自分の男性器の切除手術を受けたいという気持ちが強まり、貯金を確認したり、良さそうな病院を探したりと、わりと本気でした。

あとから思えば、たぶん、これまで抑圧してきた恋愛感情とか、自分が家族をもつことができた可能性に、ようやく、意識が向きはじめ、そこで、喪失感と直面するのが怖くての、反応だったと思います。

手術を受けるかどうかは、けっこう迷いましたが、最終的に「受けない」で今に至ります。

25才から、通院をはじめて。短期間、精神病院の隔離病棟で拘束を受けた経験や。手首を切って救急車で運ばれたことも、一度ならずありますが。

最近は、わざわざ自傷や自殺をするのもアホらしい気がしています。まあ死んでもいいんだけど、人間は能力的な限界から死を知覚することは不可能ですし。

もともと、意味もなく群れるのは性に合わないので、孤独も苦になりません。天下泰平、世はこともなし、おや、私は意外と幸せなのかな。

補足

『エホバの証人排斥アフターケア事務所』については、現時点における個人的な印象をストレートに言ってしまえば、ほんとうにケアが必要な人間は寄りつかないだろうし、寄りつく意味もあまりないと考えます。

もちろん、有益な情報の共有が成される可能性は常にありますが。

基本的には、比較的、健常な脱会者たちの社交場だと思います。

これからJWをやめる人は増加傾向にあるでしょうから、ダメージ少なめな人たちの交流の場として、機能していくだろうと予想しています。

……もっともこれは、いろんな意味で痛々しい死にぞこないの犬畜生による個人的予想なので、真に受けないでね!

最後までお読みいただき、アリガトウゴザイマシタ……なーんて、別に思っていない。

けれどもこれも、なにかの縁だ、あなたにも幸多かれと願いますよ、みんなニコニコしてた方が世界は生きやすくなりますからネ♪

(*原文はこちらをご覧下さい)