船から眺めた海の情景

エホバの証人の犯罪に関する徹底調査を経て、覚醒から解脱に到るまでの話

名前:hummer(あじたま)(男性)
年齢:20代
エリア:東北
現役期間:0~20才(20年間)
現役時代の状態:開拓者(僕推薦直前に消滅)
消滅タイプ:突然消滅
執筆:2018/09/29

はじめに

僕は所謂jw2世で物心ついたころから集会に参加していました。

家族構成でいうと母親と僕と妹はjwで父親が未信者というステレオタイプな宗教的に分かたれた家庭でした。

そんな僕は比較的順調に成長し、当時20という年齢で次回の巡回訪問では僕に推薦するとも言われ、と同時にベテル奉仕者を目指して霊的な進歩を遂げるバリバリのマイコンでした。

まわりの若者は10代半ばでドロップアウトしていく中、なぜ自身だけが組織に残り続けたのか。また、どうして組織から抜けようと思ったのか。その点をお話していこうと思います。

幼少期から学生時代

母親は僕が生まれる前から数年にわたって研究をしており、その関係もあり実際に母親がバプテスマを受けたのは僕が3歳の頃ではありましたが、僕が生まれた時から一緒に集会に通っていました。

当時僕が住んでいた東北地方の某所では子供たちが比較的多く、会衆の兄弟姉妹たちには大変かわいがってもらいました。

しかし田舎ということもあってか懲らしめの鞭の文化も残っており、幼少期の僕にとっては非常に恐怖でもありました。

うちの母親は非常に教育に厳しく、そうした懲らしめを受けることもしょっちゅうではありましたが、その反面礼儀作法という面では非常に訓練されたお蔭で、組織の内外問わずお褒めのお言葉を頂くことも多々ありました。

しかしどちらかというと周りの家庭はしつけが緩い所が多く、それも相まってなのか10人近くいた若者は気づくと私と妹のみになっており、後の若者はほとんど不活発の状態になっていました。

そんな中、非常に僭越な考えではありますが会衆からの期待というものもあり、残り少ない若者として、会衆の若い人として顔のような存在にならねばという思いが強くなり、より一層マイコンを深めてゆきました。

そうして中学3年生でバプテスマを受け、高校では在学中に補助開拓を捉え、卒業後の開拓奉仕を見据えて日々邁進していました。

乖離と覚醒

高校を卒業した僕はやがて開拓奉仕を捉え、様々な特権を任されるようになっていきました。

当時は仕事を任されるのが本当に嬉しくて、どんなに疲れていたり時間に余裕がなくても目いっぱいまで霊的な予定を入れており、その忙しさの中に身を置く自分に陶酔していました。

しかし、そんな活動に身を置く中である疑問が湧きます。

「いつになったら終わりの日が来るのだろう」

そんな疑問を持つようになったのは20歳のある日のことです。

20歳になると法的に年金の支払い義務というものが生じますが、当時開拓者として活動していた僕はパートタイム労働者で、収入というものが非常に少なく、年金さえ払えない状況でした。

ですので役所へ行き年金の納付免除の手続きをしたのですが、その時にふと先ほどの疑問が湧いたのです。

そして実際にそのまま歳を取るとして、自分はどうなってしまうのか。そうしたいわれようのない大きな不安に苛まれましたが、当初は信仰が足りないからだと割り切り、よりjwとしての活動に打ち込むようになりました。

しかしそうするうちに自身の行動と内面の乖離がどんどんと大きくなっていくのを感じました。

今となってはそれまでにも気づく機会というものは多くあったものの、それをあえて見て見ぬふりをしてきたが故に生じたものであるとわかりますが、当時の僕にとっては非常に辛いものでありました。

そうしているうちに、段々と教えというものに対しての疑問が生じてきます。しかしそれはjwにとってはタブー。必死に抑え込もうとしました。

しかしある時、ついに我慢の限界が来てしまいました。

所謂背教者のサイトというものを目にしてしまったのです。

そこに記されていたのは、当時米国で問題になっていたキャンディス・コンティ事件と言われるjwによる幼児性虐待事件。また組織による事実隠ぺいの記事でした。

あまりに衝撃的な内容だったため、当初は拒否反応を示してしまいました。そして即座に出た答えが「背教者の画策である」と。

僕自身、jwという組織には非常にクリーンなイメージを持っていましたし、自身もそのような宗教だと信じて疑わない部分がありました。

しかし、それを根底から覆すこの記事。にわかには信じがたいものがありました。

その日はパソコンを閉じて今見たことは真っ赤な嘘であると自分に言い聞かせましたが、どこか納得できない自分がいました。

そこで今度はその嘘を暴いてやろうと思い、徹底的に調べることにしました。

高校時代に英語を専攻していたので、まずはその情報のソースとなった新聞記事が切り貼りされたような不自然な文体でないかどうか。そして新聞社自体の信頼性。記事のURLの信頼性やセキュリティーの脆弱性の有無。ニュース映像の口の動きや音声が合成されたものでないかなど、とにかく様々な観点から調べました。

しかし皮肉なことに嘘を暴こうと調査を始めたにも関わらず、その記事の情報は紛れもなく本物であるとの結論を認めざるを得ない結果となりました。

この時は僕自身非常にショックでした。自分が本物だと思って自身の人生を賭けてきたものが真っ赤な嘘であると気づいたからです。僕の中で何かが音を立てて崩れ去ってゆくようでした。

解脱

そこから僕は文字通りのたうち回るほど苦しみました。真実を知ることはできましたが、誰に相談すれば良いかもわからず、一人で苦しみました。

もちろん親や他のjwに相談もできませんし、書いていたことは本当であることはわかりましたが、所謂背教者という存在に助けを求めるのも正直怖いという思いがありました。

しかしそんなことも言っている余裕もなく、当時脱jwした方々が集まっていたスレッドがあり、そこにいる方々に洗いざらいお話し、家を出るという結論に達し、紆余曲折ありましたが覚醒から約半年で家を出ました。

徐々にフェードアウトという路線もありましたが、自分の若いという強みを持ったこの一瞬でさえ無駄にしたくないという思いが強くあり、非常に乱暴な方法ではありますがある日に置手紙と向こう2か月分の家での生活費という名目の手切れ金を置いて家を出ました。

その後

その後は様々なことはありましたが事実上の休戦状態となり、年に1度か2度は実家に帰っています。母親からの組織に帰ってきてほしいアピールはちょくちょくありますが、あまり気にしていません。

こうして組織を出るとjwであったが故の弊害というものもあり苦しむこともありますが、それらを乗り越えるために自身がモットーにしていることが二つあります。

一つは、「感謝を忘れない」ということです。

こうして出られて生活できているということ。これはひとえに自分が恵まれているからだと思います。様々な状況故に組織から出られず、結果として心を病んでしまわれる方も多くいらっしゃいます。

そんな中で紆余曲折あったものの多くの人に支えられているからこそ今の自分がある。そう考えるだけでも大抵の嫌なことというのは小さくなるように僕は感じます。

もう一つは、「人生に無駄なことは無い」ということです。

これに関しては賛否両論あると思いますが、あえて言わせていただきます。

実際jwとしての経験が世の中で生きるかというと正直微妙な部分もあります。しかし、すべてが無駄になったわけではないと僕は感じています。

物腰の柔らかさや相手の背景を考える癖。論理的に思考したり話したりする点はjwとしての活動で培われたものです。

歪んだ形ではあったとはいえ、それらが自信を構成する成分であることに変わりはありません。故にその経験さえも否定してしまうなら、自分自身の存在さえも否定することになってしまいます。それはあまりにも悲しいことなので、そうしたことは僕はしたくありません。

このような講釈垂れるような文章が、果たして他人様のお役に立てるかは微妙なところではありますが、このような考え方もあると知って頂けるだけでもありがたく思います。

ここまでのご清覧ありがとうございました。

あじたま
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